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お陰様の陰もない朝青龍と中田英寿氏

2007826

宇佐美 保

 今回の横綱朝青龍問題に関して、先ずは、朝日新聞(20070813日)から引用させて頂きます。

 

 日本相撲協会の伊勢ノ海・生活指導部長(元関脇藤ノ川)は13日、同協会を所管する文部科学省を訪れ、横綱朝青龍の問題を報告した。朝青龍は全治6週間の診断書を添えて夏巡業の休場届を出したが、帰国中のモンゴルでサッカーをしていたことが発覚。相撲協会が理事会で2場所出場停止処分と減俸、謹慎の処分を下したことなどを説明した。

 

 そして、この朝青龍のサッカーシーンに関しては、週刊文春(2007816日&23日号)を引用させて頂きます。

 

 今回の騒動の発端は「旅人ヒデと横綱 夢の競演実現」と題してTVで報じられたサッカーシーンだった。

腰の疲労骨折などで全治六週間」と診断されて、夏巡業を休場したはずの横綱が、日本サッカー協会の川淵三郎会長も「レベルが高い」と絶賛する、軽快な動きを見せていたのだ。

「ドルジの行動が厳罰の対象になるのは当然です。しかし、もしあの場に中田がいなければ、全国に放映されることもなかったはず。

その一点においては不運だった。中田も旅人とか言ってフラフラしてんじゃないよ、と八つ当たりもしたくなるよ」(相撲協会関係者)

 こういう形で存在感が浮き彫りになるとは中田も想像もしていなかっただろう。

 

 そして、相撲協会から前掲の処分が下されるや、テレビ画面から、“神経衰弱です。うつ病の一歩手前。今のままなら三、四日で発症する。本人が望む最良の環境で休養するのが一番。本人はモンゴルといっている”などとの医師のコメントが流されてきました。

 

 

(でも、変ですよね!

この医師の発表から、今では20日ほど経過していますので、
朝青龍は「うつ病」を発症している筈ですが?)

 

 更には、北の海相撲協会理事長の

“朝青龍をモンゴルに返すか否かは、世論の動向を見ながら決定する”

旨の(相撲協会としての主体性を疑う)おかしなコメントまでも、テレビから流れ出てきました。

 

 そして、ついには次のような朝日新聞(2007821日)記事も出てきました。

 

 日本相撲協会の指定医から「解離性障害」の診断を受けた横綱朝青龍について、海老沢勝二・横綱審議委員会委員長は21日、「専門医の診断を重くみて従った方がいい。帰国とかは理事会などで順序立てて決めること。対応は見守る」と話し、モンゴルでの帰国療養を支持する意向を示した。元横綱琴桜の葬儀に参列した際に述べた。

 

 更に、同紙の次の記事です。

 

 精神不安定で「解離性障害」と診断された大相撲の横綱朝青龍について、モンゴルのエンフバヤル大統領は21日、「生まれたモンゴルの地で療養するのが一番だと思う」とし、横綱の帰国がかなうよう希望することを表明した。当地で開かれたパーティーの席上で、日本財団関係者に述べた

 

 同大統領は、日本相撲協会が科した2場所出場停止や謹慎の処分について「日本には日本のやり方がある。郷に入っては郷に従えということ」とした上で「若者の気持ちも理解してやってほしい」と話した。(共同)

 

 これらの記事から、朝青龍がしきりにモンゴルに帰りたがっている様子が分かります。

 

 でも、不思議ではありませんか?

朝青龍は、日本で大横綱となっているのです。

そして、彼のお父さんは、モンゴル相撲では、日本の相撲で「関脇」の位置にまでなった方です。

 

なのに、仮病(?)で処分され、心の痛手を負い、その痛手を「故国」で治すのが最適であるなんて、おかしくありませんか?!

 

 如何に私が下種的存在であっても、万が一私が朝青龍の立場にいたら、とても恥ずかしく、面目なく、おめおめと故国へは帰れません

父親へも顔向けできません。

 私だったら、故国に帰らず、妻と子供をモンゴルから呼び寄せ、日本で、じっくり心の病を治し、今までにも増す素晴らしい成績をあげ、改めて故国に、先の不明を詫びに戻ると存じます。

(勿論、私が、朝青龍ほどの成績など上げることなど出来る筈はありませんが!)

 

 

 そこで、再度、週刊文春(2007816日&23日号)から引用させて頂かなくてはなりません。

 

 さらに、二人の医師の診断とは全く異なる決定的な証言がある。後援会幹部のA氏はこう語るのだ。

「先日も朝青龍と会って話しました。その後も継続して電話で本人とは話をしています。朝青龍の本音は日本を憎んでいる。何でこんな差別を受けなくてはいけないのかと。ノイローゼ状態ではありません。報道とは西と東ほど違いますよ」

 A氏は朝青龍が常に「先生」と呼ぶ人物である。

「言葉の端々から感じるのは、いらだちです。『先生、何が悪いんですか。僕が何か悪いことしましたか?』

と。モンゴルで彼は大統領の少年スポーツ問題担当特別顧問です。子供のための基金も作っている。そんな彼がモンゴル政府の要請を断れるわけがない。あれは草サッカーじゃなくモンゴルと日本の国交三十五周年記念事業の一環で、中田英寿も外務省から要請を受けて参加している。なのに、どうしてこんなに批判されるのかという思いなんです」

 だが、いま日本中が問題視しているのは「サッカーをしたこと」ではない。サッカーができる体調にも拘わらず「巡業を休んで帰国したこと」である。・・・

 

 

 モンゴル政府が朝青龍に「サッカー」の参加を要請したのだったら、仮病を使わず、その旨、相撲協会に届け、参加の承諾を得てから巡業を休み帰国すればよかっただけの話です

(本来なら、モンゴル政府が直接相撲協会に要請すべきだった筈です。)

 

 なのに、“モンゴルのエンフバヤル大統領は、「日本には日本のやり方がある。郷に入っては郷に従えということ」とした上で「若者の気持ちも理解してやってほしい」と話した。”ということですが、朝青龍のサッカー参加を、日本にいた際の朝青龍の元にモンゴル政府が要請していたとしたら、大統領は、その要請の手続き上の不明を先ず相撲協会に陳謝すべきです。

この件が無いということは、モンゴル政府が、朝青龍(日本に居る)に要請していなかったのだと存じます。

 

 更に、先に述べました恥に関しては、日本でも、モンゴルでも同じ感覚ではないのでしょうか?!

大統領にはそのような感覚が無いのでしょうか?!

 

 この大統領の言葉を聞いた「日本財団関係者」は、どのような方なのでしょうか?!

何故、大統領に反論されなかったのでしょうか?!

巡業とて、相撲協会にとって重要な行事です。

(財政的にも、人気拡大にも、新弟子の確保などにも・・・)

 

 更に、「日本財団関係者」は、朝日新聞(200782日)の次の記事の旨を、大統領に説明すべきでした。

 

 「横綱に推薦する力士は品格、力量が抜群であること」。横綱審議委員会の内規には、横綱の条件が「強さ」だけではないことが、明記されている。今回、2場所連続出場停止などといった厳しい処分を受けた朝青龍以前にも「品格」にかかわる不祥事を起こした現役横綱には、厳しい措置が取られた。

 

 49年10月、横綱前田山は大腸炎で秋場所を途中休場しながら、場所中に日米野球を観戦したことが判明。再出場を希望したが、協会に拒否され、この場所限りでの引退に追い込まれた ・・・

 

 朝青龍に、相撲協会は引退を勧告すべきではなかったのでしょうか!?

 

なのに、大統領と朝青龍との関係に関して、次のようにも記述されています。

 

 かつては先代高砂親方の葬儀をすっぽかして無断帰国したことも。本場所の合間に、頻繁に帰国することでも知られている。朝青龍は一体なぜこうも母国へ帰りたがるのだろうか

「彼がモンゴルで展開しているビジネスと無関係ではないでしょうね」

 こう語るのは、「文芸春秋」七月号に「『ビジネス横綱』朝青龍の正体」を寄稿したノンフィクションライターの武田頼政氏である。

 モンゴルへ舞い戻った時、朝青龍はチョンマゲを付けた実業家≠ニしての顔をさらけ出す。

「彼と親族は、旅行代理店や銀行、人材派遣会社など、朝青龍の『朝』の字を冠した『ASA』という企業グループを形成しています。

また、国営サーカスも手中に収めましたし、最近も現地で国営の航空会社MIATの買収話が報じられたばかりです。今年六月中旬にも日本の商社マンと行動をともにしているところが目撃されています」(同前)

 なお、七月にモンゴルを訪れた皇太子の宿泊先の一つは、朝青龍の両親が経営するホテルだった。

 朝青龍が予告通り、名古屋場所後に帰国したのも、実は新規の「ビジネス」が深く関係していたという。

 モンゴルの政財界に精通する事業家が語る。

「今年八月、日本の実業家が朝青龍とエンフバヤル・モンゴル大統領を介して新ビジネスの相談をする計画があったらしい。朝青龍は大統領と親密な関係にあり、携帯電話で連絡を取り合う仲。日本とモンゴル間の親善大使のように扱われているし、公用旅券も支給されている。現政権に近い朝青龍と友好関係を築ければ、ビジネスを展開する上でも優位。だから彼には常に一山当てたい輩が寄ってくるんです」

 符合する事実がある。

 八月十二日から十七日にかけて、モンゴルで熱気球の大会が開催される。ここに朝青龍やモンゴル大統領も招待されていたのだ。

「今年五月三日にも長野県佐久市でバルーンフェスティバルがあり、朝青龍関がゲストで参加しました。その際、八月にモンゴルでも大会があるのでよければ来て欲しいと打診したところ、『スケジュールの都合がつけば行きたい』と話していたんです。大会にはモンゴル大統領も招待しています。今回の騒動がなければ、来ていただけたのではないでしょうか」(大会関係者)

 実際、朝青龍は「スケジュールの都合をつける」ところまでは漕ぎ着けた。しかし、中田ヒデとのサッカーで計画≠ヘいったん白紙の状態に。それどころか、出場停止と減俸処分によって、本業の相撲での最大五千万円の稼ぎまでフィにしてしまったのである。

 

 この記事を読みますと、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の次の記述から、又、「朝青龍とエンフバヤル・モンゴル大統領」との関係に関する疑問が生じます。

 

ドルゴルスレン・スミヤバザル

横綱・朝青龍明徳の長兄で、レスリングでオリンピックの代表歴を持ち、2003年に日本で総合格闘技デビューした。1998年、1999年の国家ナーダムで2年連続準優勝、2006年国家ナーダムで初優勝して本来ならばアルスランが贈られるところ熱狂的な観衆の声にこたえる形でエンフバヤル大統領から初優勝でアヴァルガが特別授与された

 

 ここに記された「熱狂的な観衆の声にこたえる形で」に疑問が生じるのです。

即ち、この部分は「朝青龍とエンフバヤル・モンゴル大統領との深い関係で」と書き換えられるべきでは?と思ってしまうのです。

 

 

“モンゴルのエンフバヤル大統領は、
「日本には日本のやり方がある。郷に入っては郷に従えということ」”
と語ったそうですが、
日本には大事な言葉があります。

それは、「お陰様」という言葉です。

 この言葉を朝青龍はご存じないのでしょうか!?

どんなに朝青龍が立派な横綱であろうが、その相撲の場を提供したのは日本相撲協会です。

相撲協会にどんなに不満があろうとも、現在の高砂親方にどんなに不満があろうとも、日本相撲協会、高砂親方なくしては、朝青龍は日本の横綱にはなれなかったのです

そして、多分、モンゴルで大々的に事業を拡大する資金も入手できなかった筈です

更に、モンゴル大統領との関係も築くことは出来なかった筈です

 

 更には、明徳高校相撲部の監督、明徳義塾高校時代から、朝青龍のことを可愛がり、高知の母親代わりだった中沢釣具店の中沢百合子さん等の存在なくして、朝青龍は今の地位を築けたのでしょうか!?

絶対に築けなかったと存じます!!

 

 

朝青龍は、日本人の大事な「お陰様」の気持ちを心に刻み込む事によって、
多くの方々に、感謝する事によって、今の苦境を乗り越える事が出来る筈です

(勿論、彼の苦境が精神的な面であればの話です。

しかし、彼の苦境が、モンゴルでの事業の推進に対する苦境であれば、別であり、即刻、相撲界から身を引いていただきたく存じます)

 

 

 そして、この“日本人の大事な「お陰様」の気持ち”が欠落しているのが、朝青龍と共にサッカーをした中田英寿氏でしょう。

中田氏が、「お陰様」の気持ちを持っていたら、次のような「朝青龍に関するホームページ」を掲げなかったはずです。

(以下に、2007810日付けの、朝青龍に関する彼のホームページ(Hide’s Mail本文より一部抜粋)の記述を抜粋させて頂きます)

http://nakata.net/jp/hidesmail/hml290.htm

 

もし怪我は紛れもない事実で、その治療のために場所後即、モンゴルに帰国しているとしたら?深刻な怪我は腕なので、子供達とのほんの少しのサッカーをするくらいであれば、それほどの支障もなかったとしたら?モンゴル政府と日本政府の要請があり、さらに俺も参加することが決まっているモンゴルの子供達の為のイベントで、日本とモンゴルの両国の為にも、子供達の為にもと、良かれと思ってやったことだとしたら?

 

巡業休業のことは何も知らなかったが、試合後に、俺は実際に、朝青龍自身から腕をかなり痛めていると聞いた。食事の皿を取る時さえ痛がっていた。モンゴルには、その治療の為に帰ってきたと聞いた。治療にいい温泉があるんだとも言っていた。

 

 先にも書きましたが、朝青龍への「モンゴル政府と日本政府の要請」があったとしたら、当然、日本相撲協会を通していなければならないでしょうし、無くても、朝青龍からその旨を相撲協会へ届けていてしかるべきです。

 

 故障を抱えていながら、巡業もこなし、場所も勤めている力士は沢山いるでしょう。

(安見錦の膝は、とても辛そうです)

中田氏は、一度「元大関の小錦」が東京新聞に連載していた「この道」を一読すべきです。

横綱武蔵丸は、腕を骨折していながら土俵を勤めていた

とも書いてあります。

 更に、中田氏の記述を続けます。

 

とは言え、誤解を招くような行動には、もちろん問題はあったのだろうが、今回の騒動は、外から見ている限り、ここぞとばかりに、メディアも朝青龍をいじめているようにしか見えない。彼が横綱にふさわしいとかそういうことは相撲の世界をわからないし、自分がコメントできることではない。横綱は強ければよいというものでないという、相撲の考え方もわからないわけではない。

 

 更に、大関錦が、好成績を挙げながら横綱に推挙されなかった理由を、“外国人に対する差別だ”と錦が語ったとマスコミなどが非難した件に関して、コニシキ氏は、“そんな発言を自分は全くしていなかったのに、非難されとても苦しかった”と書かれています。

でも、コニシキ氏は一人で耐えて頑張った事も書かれています。

彼の辛さは、今の朝青龍の比ではなかったと存じます。

 

この東京新聞(2007427日)を抜粋させて頂きます。

 

 騒動のきっかけは日本経済新聞に掲載された記事だった。

 「厳密にいえばこれは人種差別だよ。金髪や黒人だったらどうなのか。今回、なれなかった理由は一つしかない。それはボクが日本人じゃないからだ

一九九二年番場所を優勝しながら横綱になれなかったボクが、こう言ったというのだ。

寝耳に水のことだった。断じてこのような発言はしていない

 しかし、記事は波紋を広げ、どんどん独り歩きした。・・・

 ボクは潔白だ。しかし、胸毛の親方が亡くなった後、部屋を継承した親方(元小結富士錦)は「おまえが悪い」と責めた。

 当時の出羽海理事長(元横綱佐田の山)に事情を説明した。「人種差別という言葉は使っていない。ニューヨーク・タイムズの取材は受けていない」と釈明した。しかし、騒ぎを起こしたことについては謝罪した。親方から言われるまま謝ったものの、割り切れない気持ちが強く残った。

 

(ここに書かれている「胸毛の親方」とは、今の親方(元朝潮)の前の横綱朝潮のことです)

そして、テレビの画面で、コニシキ氏が現役の時、

 事が起こると「胸毛の親方」から“文句があるなら出て行け!”と言われ、棒で殴られるだけだったと、
そして、“朝青龍の病状を聞くのに親方が出かけるのはおかしい!彼を部屋に呼びつけるべきだ!”など等と、今の朝青龍を非難していました。

私は、コニシキ氏の発言に、頷くばかりでした。

 

 なのに、中田氏は、次のように続けています。

 

ただ、二十一場所も、モンゴル人でありながら、たった一人で横綱として日本の相撲界を支えてきた。素晴らしい結果を残しているアスリートであることは紛れもない事実だ。

 

 朝青龍の前には、錦(その前に高見山)、曙、武蔵丸のハワイ勢の活躍あったのです。
モンゴルの先輩には旭鷲山が居ました。朝青龍は先達である旭鷲山に敬意を払っていたでしょうか?
否!彼とは悶着を起こしていました。

そして、先にも書きましたが、朝青龍がどんなに「日本の相撲界を支えてきた」と言えども、その彼の存在は、「日本の相撲界」なくしては皆無なのです。

(それに「素晴らしい結果を残している相撲取り」ではなく「素晴らしい結果を残しているアスリート」と書く中田氏は詭弁使いです。

それでも、「素晴らしいアスリート」は「素晴らしい人間」となる努力をすべきです。)

 

 この件は、中田英寿氏にも当てはまります。

「自分探しの旅」などをする前に、今の(サッカーを通じて大金を手にしている)中田氏を形成してくれた「サッカー界(一緒にプレーをしてくれた選手達も含め)」に「お陰様」の心を持つべきです。

(“自分”一人では何も出来ないのです。他人があってこそ“自分”が成長するのです。

それなのに他人をないがしろにする“自分”は「キラーパスを出し続けた」“自分勝手の自分”でしかないのです。)

 この大事な心が欠落を補う為に、中田氏は「自分探しの旅」に出ているのだと存じます。

(なのに、その中田氏は、何故自身のホームページで自分のことを“俺”と記述するのでしょうか?

もっと謙虚であってよいのではありませんか?!)

と申しましても、彼にはエージェントが付いているのですから、

彼の「自分探しの旅」は、朝青龍と同様な「事業探しの旅」に思えてなりません。

こんな彼が次のように続けています。

すべての人に、この辺のところをもう一度考えてもらいといと思う。メディアや周りの意見に簡単に惑わされない“自分”を持ってもらいたいと思う。

 

そして最後になったけれども、友達として言わせてもらうのなら、朝青龍には、この騒動に負けることなく、一日も早く怪我を克服し、より一層強い横綱として土俵に戻ってきてもらいたいと思う。

 

頑張れ、朝青龍!!

 

ひで

 

 中田氏は、朝青龍の置かれている今の状況を的確に理解しているわけではないのです。その理解なくして“メディアや周りの意見に簡単に惑わされない“自分”を持ってもらいたい”と記述する“自分”は“自分勝手な自分”でしかありません。

 

 それに、中田氏に「お陰様の心」があれば、このように朝青龍にエールを送る前に、理由はどうあれ、中田氏は相撲協会等に少しでも謝意を示すべきと存じます。

 

 ですから、私は中田氏と異なり、朝青龍が怪我を克服しようが、「お陰様の心」が欠落したままだとしたら、土俵に戻ってきて欲しいとは決して思いません。

 

 

(補足:1)

 

 中田氏は、マスコミを快く思っていないようですが、マスコミは中田氏に関する記事が金になると踏んでいますから、中田氏のご機嫌をそこね彼のインタビューが取れなくては、大問題となるはずです。

そこで、マスコミは中田氏へ、とても遠慮しているようです。

 

例えば、朝日新聞(2007711)の記事です。

 

 元サッカー日本代表の中田英寿さん(30)が、世界中の「セレブ」が住むことで有名なモナコに自宅を構え、同国の市民権を取得したことがわかった。

 

 中田さんは06年W杯ドイツ大会を最後に現役を引退した後、世界中を旅している。最近はリスボンや香港で行われた慈善試合に出場した。

 

 特定の拠点を持たない浪人生活を1年ほど送ってきたが、各界の著名人と国際的な交友関係があるだけに、拠点にするならモナコが一番と考えたとか。しかし、関係者によると「自分探しの旅」はまだ続くよう。

 

 私が、記者なら、「各界の著名人と国際的な交友関係があるだけに、拠点にするならモナコが一番と考えた」などとは書きません。

モナコの市民権を確保すれば、所得税が無税なのですから!」と書くでしょう。

 

 

 

「モナコの税制について」について次のホームページから抜粋させていただきます。

http://profile.allabout.co.jp/ask/column_detail.php/14572

 

モナコという国はタックスヘブンとして知られる。モナコの銀行口座に一定額以上の預金をして、不動産を所有していれば市民権が得られ、他の国ならば取られる高い所得税から逃れることができる。世界中からこの国に金持ちが集まるのはそのためだ。F1ドライバーの多くがモナコに居を構えていることはこの事実と無縁ではない。・・・

 

(補足:2

 

 私は今回の問題に関して、次のメールを相撲協会に送りましたが勿論返事はありません。

 

朝青龍事件について

200784

宇佐美 保

 今回の中田氏とのモンゴルに於けるサッカー事件に関する朝青龍に関する処分は甘すぎます、そして遅すぎました。

 

 何故今までに朝青龍に対して何の処分も下さなかったのですか!?

何故、古式に則った「手刀」を切らない彼を処分しなかったのですか?!

又、この件に関しても、なぜ今回処分しなかったのですか?!

(残念なことに、白鵬までも彼の手刀方式を真似しています)

 

 何故場所前のけいこを満足に行わない彼を放置していたのですか!?

それも、勝手にモンゴルに帰っていたりしていたのではないですか?!

そんな彼を指導できなかった彼の親方を何故処分しなかったのですか?!

 

それから、今夜のTBSの番組を見ていたら、モンゴルの方々は(モンゴル大使館の方も)は、彼が処分された背景(医者の診断書を出して、相撲協会としての大事な巡業を拒否していながら、サッカーに参加した)を知らずに、朝青龍の肩を持っていました。

相撲協会は、はっきりとモンゴル側(大使館等)に今回の背景をしっかり説明するのが、(国際間の友好の面から)義務ではありませんか?!

 

それに、八百長だって「週刊現代」の記事の通りと存じております。

何故そんな彼の横暴を許していたのですか?!

相撲協会は「八百長はない!」と言い張るのですか?!

 

 取り組みごとにあれほどの懸賞が掛かっていたら、彼はその賞金で十分に「星」を買うことが可能でしょう?!

 

以前、テレビ放送で解説してくださっておられた「神風」さんだと存じますが、放送の際、アナウンサーが“神風さん今の取り組みはいかがでしたか?”との質問の際、神風さんの膝が、アナウンサーの膝に当たる時は、“神風さんが今の相撲は八百長だから、質問しないでくれ!”の合図でしたとの逸話を私は覚えています。 

 

 自分たちが八百長をやっていたからこそ、朝青龍を指導、厳罰に処することが出来なかったのではありませんか!?

 

 私は、朝青龍に引退勧告した上、今の相撲協会の幹部の方々は、総辞職して、八百長に手を(ほとんど)染めていなかった「大乃国」「貴乃花」たちに地位を譲るべきと存じます。

 


(蛇足:下種の勘ぐり)

 

 朝青龍の土俵には、毎回沢山の懸賞がかかっていました。

先に掲げました週刊文春(2007816日&23日号)の記述が確かなら、モンゴルで事業を行いたい、(行っている)会社などは、朝青龍からモンゴルでの各方面(大統領への?)への便宜を受ける為(受けた為)朝青龍への(又、朝青龍を経由して各方面への)お礼として、懸賞金の形式を借りて、朝青龍に手渡していたのかもしれません。

 

 なにしろ、彼の取り組みごとに何本かの懸賞金をかけていれば、少なくとも相撲をとるごとに、少なくも10万円程度は彼の手に渡るのでしょう。

一場所で、150万円、そして、一年では、900万円が彼の手に(彼の手を通して)渡るのでしょう。

 

 ですから、このような懸賞金に対して、朝青龍は手刀など切る必要はなかったのかもしれません。



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